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通訳は安心を与える仕事(手話通訳経験談7)

今まで経験談で書かせていただいたように、手話通訳の現場では色々なことが起こります。

まだ私が手話通訳士になる前、地域の登録手話通訳者として活動を始めたころのこと。
ある競技大会の手話通訳をしました。競技場のスタートラインの横に立ち、「第1のコース○○学校 ○○くん」というアナウンスと、「位置について、ヨーイ、ドン」のピストルの音の通訳です。

その日は日曜日だったので、私の友人と私の息子はスタンドで観戦していました。ふと見上げると息子が私に向かって、手を振っています。「私が頑張って通訳をしているのを、応援してくれているのね♪」そう思いました。

少ししてまたスタンド見ると、息子はまだ手を振っています。その振り方が妙に激しく、私を呼んでいる様に見えます。「通訳の最中に呼ばれたって困るのに!」そう思いつつ、ちょうど次のレースまでの間に少し時間があったので、急いでスタンドの下に行きました。
「どうしたの?通訳の最中に呼ばれても困るんだけど」
「お母さん大変!見て!」見ると、息子のそばで泣いている幼稚園くらいの男の子の目の上から、大量に出血していました!!

息子によると、スタンドで遊んでいた男の子が転んで、ベンチの角に目の上をぶつけたそうです。
その子のお母さんはろう者だったので子供の泣き声が聞こえず、私の息子と友人が慌ててお母さんに知らせたのだそうです。
すぐに救急車を呼んで病院に行くことになったのですが、お母さんは聞こえないため手話通訳者に同乗して欲しいということになり、それで私が呼ばれたのでした。

私は競技大会の実行委員長と手話通訳の先輩に経緯を話し、持ち場を離れることの許可を得て、救急車に同乗しました。
その時の私はまだ手話通訳になって経験も浅く、ものすごく緊張してしまいました。今までに家族に付き添って救急車に乗った経験はあるにせよ、通訳として救急車に乗ることになるなんて!!
ドキドキして救急車に乗っている時、私のかつての上司で、テレビでもおなじみの有名な手話通訳士さんから言われた言葉を思い出しました。
『通訳は、安心を与える仕事です』
そうだ!そうだった!!通訳は安心を与える仕事なんだ!!

私が不安そうな顔をしていたら、心配でまっさおな顔をしているお母さんがもっと不安になってしまう!!!『通訳は、安心を与える仕事です』この言葉を自分に何度も言い聞かせました。

病院に行き検査を受け、その結果、目にも頭にも異常がなく、傷口を縫ったあと無事に競技場に戻ることができました!

私は普段の生活では「オッチョコチョイが服を着て歩いている」ようなソソッカシイ人間ですが(苦笑)、通訳の時だけは、聞こえない方に安心を与えられるように、これからも頑張りたいと思います。

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