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終末期医療-男性の最後のお願い(手話通訳経験談6-1)

手話通訳の現場に行くと、色々なことがあります。
私はどちらかというと、病院などの個人通訳より、講演会・セミナー・イベントなどの舞台通訳のお仕事のほうが多いです。

以前、ある医療関係のセミナーの手話通訳をしました。第1部はお医者様の講演でした。
終末期医療のお話で、通訳をしながら涙が出てしまいました。

40代の男性が余命いくばくもない病状になり、最後にもう一度お母さんに会いたいと思ったそうです。ところが、病状が重いため、どのお医者様も飛行機に乗る許可を出してくださらなかったのだそうです。九州の実家を離れて東京に来てから、もう何年も里帰りをしていなかったその男性は、どうしてもなんとしてもお母さんに会いたくて、終末期医療専門のお医者様をたずねました。

本来病状から言ったら、許可を出せるような状態ではなかったものの、たとえ人生の残り時間が短くなっても、お母さんに会わせてあげることがその男性にとってベストだと思ったお医者様は、地元のお医者様と連携をとることにして、その男性の帰省を許可したそうです。お医者様にとっても勇気のいる決断です。

無事に飛行機で九州に着き、実に何十年ぶりかでお母さんに会うことができました。そして実家に帰ってお母さんと共に心のやすらぐ時間を過ごすことができました。

一週間くらいたったある日、お母さんが「そろそろお昼ご飯にしなくちゃね。何が食べたい?」と聞くと、その男性は「今はまだお腹がすいていない。それより、お母さんに一つ頼みがあるんだ」と言ったそうです。
「何?」と尋ねると、「子供の頃のように、お母さんに耳掃除をしてほしいんだ」と答えたそうです。お母さんは、子供の頃のように男性の耳掃除をし始めました。

片耳が終わり、向きを変え、今度は反対側の耳掃除をしている時、その男性はお母さんの膝枕の上で静かに生涯を閉じたのだそうです。

まだ40代では早すぎますが、でも人の生涯は長さとは関係ないと思います。人は誰でも一人で死んでいかなければなりませんが、その瞬間に自分が一番大切な人・会いたい人と一緒にいられたら、なんと幸せなことでしょう。

本当は手話通訳は、淡々と行なわなければならないのでしょうが、通訳しながら涙が出ました。

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